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fILOFAX ファイロファックスの歴史

システム手帳の元祖

ファイロファックスが日本に上陸する1984年以前、日本には「バイブルサイズのシステム手帳」が存在せず、後に一大ブームを巻き起こしました。
一方、欧米では、「FILOFAX(ファイロファックス)」はシステム手帳自体を意味し、固有名詞と共に、システム手帳の総称として辞書にも載っています。
今ではすっかり日常に溶け込んでいるシステム手帳ですが、起源となったバイブルサイズや6穴のリングメカニズムなど、始まりは全てファイロファックスなのです。

会社を救った秘書のファイロファックス

第二次世界大戦中の1940年12月、ロンドンは大空襲により壊滅し、市内にあったファイロファックスのオフィスも全焼しました。

翌朝、オフィスの残骸を目の当たりにして立ち尽くしていた当時の臨時秘書であったグレース・スカールに兵士は、「君は全てを失ってしまった。」と告げると、彼女は「いいえ。全てはこの手帳の中にあるわ。」と言い放ったのです。顧客名簿を自分のファイロファックスに更新し、毎日自宅に持ち帰っていたグレースは、全顧客に「リフィルの生産は続けているのでいつでも注文して下さい。」とタイプした手紙を発送し続けたのです。

こうした彼女の努力によってファイロファックスは生き延び、臨時の秘書でしかなかったグレースは、後にファイロファックス社(当時のノーマン&ヒル社)のオーナーになり、30年間に渡り功績を残しました。

海抜8,000mのデータブック

英国陸軍エベレスト登山隊は、8000mの氷河上での厳しい自然の中において、このシステム手帳が優れたものと称え、データーブックとして1976年に採用しました。

ハリウッドに進出したファイロファックス

1980年以降、ファイロファックスをまず使い始めたのは、時代の動きに敏感なプロフェッショナルな人々でした。映画監督のスピルバーグは、ファイロファックスをスタッフ全員に贈り、仕事の円滑化を実現しました。ウッディ・アレンは熱狂的なファイロファックス愛好家で、そのコレクションは40冊に及ぶと言われました。女優のダイアン・キートンはファイロファックスに合うリフィル型の財布を自らデザインして商品化するなど、ファイロファックスは俳優やメディア関係者の間に急速に広まっていきました。

そして1990年、ついにファイロファックスを題材にした映画「ファイロファックス(邦題)/Taking Care of Business(英題)」が制作され、当時のファイロファックスブームがコミカルに描かれました。

The History of fILOFAX

1921年 “Norman & Hill社”としてロンドンに設立。 のちに世界規格となるバイブルサイズのシステム手帳を考案し発売。
1920年代後半 携帯用オフィスとして軍人や聖職者に広まる。
1930年代 ジャーナリスト、医者、法律家の間に広まる。
1940年12月 第二次世界大戦のロンドン空襲によってオフィスが全焼。 当時の臨時秘書クレース・スカールと全顧客名が記された彼女のFILOFAXにより、会社が救われる。
1976年 英国陸軍エベレスト登山隊がデータブックとしてFILOFAXを採用。
1980年代前半 一般の人々の間にも愛好者を増やす。
1984年 1984年 日本で発売開始。一大ブームとなる。
1990年 全米で映画「ファイロファックス(Taking Care of Business)」が公開される。
1995年 英国女王輸出奨励賞を受賞。
世界40カ国以上で販売される。
2000年 システム手帳以外のビジネスツールの販売を開始。
2001年 創立80周年を迎える。
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